第九話
夜の眷属。
月女神の子等。
闇の一族。
暗黒の使者。
彼等は、月夜に本性を表す。
人狼は狼の牙爪を持ち、人の知性を持って人を喰う。
狼鬼は狼の牙爪を持ち、鬼の残虐性だけで人と遊ぶ。
狂人。
殺龍剣の士をまるで意図にも介さずに、殺した。
一撃。
頭を噛んだ。喰ったと言わないのは、吐き出したから。
「マジイなぁ、おい。ヒヒヒヒヒヒ」
そして金色の眼は次の標的を見つける。
「お」
正宗。
昼と夜とで、意識は互換性を持たない。
完全なる別人であった。
そして動く髑髏に襲い掛かる。
右拳を頭上から振り被る。
ゆっくりと、それでも音速の壁を破りながら。
穿たれる床。潰れた金の剣は、粉砕されていた。
「ひょっ」
鼻をヒクつかせ、背後の気配を嗅ぎ取る。
「そっちい!」
裏拳。
太い左腕をバットの様に振る。確かに感触を感じ、狂鬼は微笑んだ。
そして動きを止める。後を振り向く。
頭の無い骨だけの身体がつっぷしていた。
粉々に砕けた頭蓋骨をジロジロと眺め、垂れる血を嬉々として眺める。
垂れる、血。
「お?」
暫く気がつかなかったのは、極端な知能低下が原因とも言えた。
骨が、流血する訳が無かった。流れる血の源は、自分。
初めて熱を持った箇所が身体に有る事に気がつく。
撫ぜると、血が手に絡んだ。三箇所。
腹筋あたりと、両肩。
傷は一瞬で癒えた。しかし、解せない。
目前の髑髏は動いていない。
先ほどの女は――そのままだった。
「んー?」
急に財宝が放つ光が止んだ。世界が闇に包まれる。
しかし、粘っこい闇だった。
如月の体中から熱が生まれる。
「おぉおおぉ」
治癒速度と傷む速度は等速で、傷こそ負わないが傷むという状況だった。
何が起ったのか。
人→動く髑髏と女。
動く髑髏→壊れた。→死んだ。
女→不味かった。→死んだ。
人→全員殺した。→敵は居ない。
もう、他の選択肢、思考は生まれない。
他に人が居たとも考えないし、龍が居たとも思い出さない。
絶大なる力は全てを捨てて得た。
狂気は狂鬼と重なる。
世界の視点を変え、正宗の部屋。
如月の姿は無い。
正宗は粉砕の状況から復活していた。
そして、もう1つ。
赤竜が眼を開けていた。
三条に裂かれた筈の身には傷1つ無く。
ただ、変身していた。
龍は、不死を持つ。
これは不変の理であり、それを崩すのが殺龍剣であった。
殺龍剣が抜かれた所から、赤竜に異変が起きていた。
三度裂かれた事により死と同時に訪れる筈だった変身は時間の遅延を余儀無くされた。
そして殺龍剣の剣士が死んだ。
正宗が一度、攻撃を避けた地点で変身が終わった。
「紅竜」
伝説の大蛇が手足を生やした赤竜は、更に翼を生やしていた。
再生。
そう呼ばれるこの現象は、どの龍にでも起る現象では無かった。
今まで、大竜と王竜と醒竜だけが起こしていた筈だ。
三匹の竜は英雄竜と呼ばれ神話の登場人物。
それぞれ再生前の名を小竜、主竜、臥竜とされていた事から、正宗は再生した赤竜を見て紅竜と口にした。
紅竜は背後から如月を飲み込んだ。
つまり、粘っこい闇の世界とは紅竜の体内を意味した。
痛みを与えているのは、消化液。
「ググググウウウウ」
訳もわからず。如月は吼えたける。
段々と痛みにも慣れ、治癒能力が攻撃力を上回る。
それで、ふっきれた。
鬼は考えてもどうしようも無い事を悟り、寝る。
そして朝。
日は昇り、唾液に塗れた如月は吐き出されていた。
仮面だけは溶けて、素顔を晒していた。
「ぐうっ・・・う」
目覚める。狂った鬼は眠り、狼鬼が支配する日中に。
「黒き女神。その血を引く者」
正宗が、声を掛ける。
人と交わった神を黒き女神達と呼ぶ。
竜は白き女神達の子であり、白き女神達は異界の者達と交わった神を総称している。
「何だ」
自分の事だとは解ったが、その意味までは知らなかった。
露に成った顔を手で覆い、眼だけは正宗を見据えて。
下唇を噛締め、冷静を装った。
己の恥部を余す所無く見られた事を状況から察していた。
「手を貸そう」
髑髏は笑みを作れないが、笑う事は出来た。
「何故だ!」
あまりにも理不尽だと言い出しかねない勢いで、叫んだ。
「全てを捨て、尚、求めるモノが在るというのならば、面白い。
常に顔を隠さなければ成らない程の恥を己で生み、尚、手にしなければ成らないモノが在るというのならば、
楽しい。友を殺し、己を殺し、何を生かすのか、傍に立ち、眺めてみたい」
カラカラカラカラ。
白骨の手が、差し伸べられた。
狼鬼は顔を俯け、手を取った。
その眼には、涙が浮かんでいた。理解者が現れたからでは無い。
恥に塗れた己を悔いて。
歯車は狂い廻り続ける。
紡がれる布の柄は、何色をしているだろうか。