第八話

殺竜剣。
この世界には存在しない禁忌の武器。
最強を打倒し生物としての強弱階段を逆転させる。
操る者にも相当の資質を要求される。

が。

「断るならば皆殺しだ」
この。あまりにも、鬼より鬼畜な台詞を紡ぐのは細腕の女性。
絹の様に白い肌。
結われる金髪は三つ編み。
戦闘用に無縫で織られた全身を一枚で覆う白い衣を纏う。
「誰だ」
声が、重なった。
王と、鬼。
正宗が如月に背を向けたのは、如月から殺気を感じなかったからだ。
「古竜が配下、美妓様さ」
ギギッと、得体の知らぬ音が続いて洩れた。
如月は槍の柄に掛ける手に力を込め、そして正宗の顎骨がガチガチと音を立てる。
「知らん」
カラカラカラと、笑う。
そして、一撃。
如月の槍の突撃が、死んだ赤竜の上に立つ美妓を貫いた。
一瞬での移動。
誰の目にも留まらなかったが、それを避けた美妓の動きも、同じく。
「ふん。だから嫌だったんだ。こんな田舎」
ゴギッと、鈍い音に続く台詞。
槍の一撃を避けた美妓は正に瞬く間も無く如月の後から蹴りを繰り出していた。
空中。
浮かびながら、自身の身長よりも幾分高い如月の後頭部を横から叩いた。
音からして、骨が砕けたのだろうか。
その美妓を貫いた刃。
如月。
翻っていた槍の先は美妓の腹を抉っていた。
ゴギュと、水を含んだ音が響き首を鳴らす如月。
「なんか、したかい」
美妓。
槍を掴み、握りつぶした。
仮にも柄部とは言え、鋼鉄。
人が易く砕ける道理は無く、しかしチョコレートの様に割った。
ズルリと抜け落ちた鏃は、綺麗なもので血に汚れていなかった。
ポッカリと風穴だけが残る。
この頃、世界は夕闇。
「挨拶を」
掌を腹に当てる。
狼鬼の手は、大きく美妓の腹部を覆う。
そして爆ぜた。
手か、腹か。
吹き飛ぶ女体は財宝の上に着地する。
新体操の演目で空を舞っていた。
そう言わんばかりに着地は決まっていた。
「そうかい」
壁と見紛う龍。
その上に立つ如月を睨み、飛ぶ。
ダメージは皆無の様だ。
衣にも損傷は無い。
正宗は両者をただ眺めていた。
「少しは楽しませてくれよぉ!」
振りぬく拳。
当てられた部位と同じ腹部を狙った。
しかし外れる。
人が反応しきれない速度で動く両者。
それでも、全力では無い。
どちらが。どちらもが。
如月の拳が側頭を抉る。
段々と、力を込めて。
放物線を否定し、直線に吹き飛ぶ。
壁に衝突し、落下する事でやっと動きが止まる。
痛みは、それでも無い。
ペースは如月が握っていた。圧倒的とは言わずとも、優劣は誰の目にも明らかな程。
「ちょおっと、痛かったよ」
唇から垂れる血を袖で拭う。
「リリン!」
美妓が叫ぶ名は、赤竜に突き刺さる殺龍剣の銘。
所有者の呼びかけに反応し、動く。
青い血を身に纏い栓の抜けた傷口からは其れが泉の様に迸る。
星裁つ剣とも称される剣は、巨大の一言に尽きる。
柄も、それこそ龍が掴む様な。
そして、右手に吸い込まれた途端、変形した。
極小化。
正に美妓が持つに相応しい大きさと化した。
形は変わらずに、尺だけを縮めて。
「ハァアァアッ」
斬。
一歩も動かずに、リリンと呼ぶ殺龍剣を振る。
そして突風とカマイタチ。
傍観していた正宗にも突風が襲いかかり足を不安定にする。
金貨と言った小さな財宝は風に流される。
そして、如月。
カマイタチが一直線に狙いすます。
赤竜を縦に裂き、けれど途中で止まった。
世界で最も硬いと呼ばれる龍骨は、関係無く。
如月の両腕が受け止めた。
十字に構えていた。
前に出していた右腕は削げ落ち、左腕も皮だけが残る程度に。
「受け止めたってのは、凄いね」
何の感慨も受けていない様に、語る。
追撃。
二回、リリンを振る。
無論、突風は強まりカマイタチは二本。
赤竜が縦に三枚に下ろされる。
如月は両肩を削がれた。
美妓は遊んでいた。
僅かに線をずらし、即死を避けた剣戟。
それが、五分前いや一分前であったならば、遊びで済んだ。
如月は息を止め、正宗と対峙していただろう。
しかし、太陽が沈んでしまった。たった今。
誰も確認する事が出来ない状況で、しかし確実に。
月が映えた。
満月なのだろうか。そう思うばかり。
狼鬼が、両腕を生んだ。
まるで痛みも無く、コキコキと指の関節を鳴らす。
不死身。
不死身とは、不死の身体の事では無い。
無敵。そう、不死身とは無敵の鎧。
幾ら銃弾を浴びようとも心臓に杭を刺されようとも四肢を切断されようとも。
狼鬼は笑う。

遊戯が、始まる。

第九話


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