第十二話
「そこまで」
二。
何の数かと言えば、宇童から生まれた槍の本数。
一本は背を裂き、一本は腹を裂いていた。
明らかに前後の二方向から投擲されている。
現れる、敵。
「弥生さんのお仲間ですか」
ズ、ズと二本の槍を強引に抜く。
鏃の返しは肉を幾らか持っていったが、気に留めない。
宇童の視線は、斃れた弥生の、少し上。
弥生のすぐ後ろに立っている者。
新に生まれた気配は一つだった。
一度だけ僅かに頷く。
「古竜が配下、村枝」
無手の男は、そう言って拳法の構えを取った。
重く硬い堅固な構え。
赤色の髪。馬の尾の様な髪結いは、無風の空間で綺麗な直線を描く。
首に巻かれた黒い外套は背中までを全て覆い、何処かの流派の胴衣であろう衣は、深紅に染められていた。
「村枝さん…嗚呼、『反逆の雲雀』さん、ですか」
村枝 孔雀という武術の天才が居た。
武を嗜む者にとって、目指すべき頂点でも有った。
そして、孔雀は国に認められ王から聖なる名を授かった。
武神。国を治める者を皇帝と呼び、武を治める者を武神と呼ぶ。
それ程に神格化された者。殺されたのは、十年も前。
自身の息子に、殺された。しかも圧倒的な力の差を以って、武の場で。
しかし、父とは異なる武術を獲得した息子を国は
それが、村枝 雲雀。村枝と名乗った、この男。
「これは、これは。『白鬼』にまで名が知られているとは」
宇童にも、通り名が有った。
白髪の吸血鬼は、とても珍しかった。
だから、白鬼。と、そう簡単には片付けられない。
白とは、清純なる、純粋なる純白の意。
白鬼の愛した女性は、人間だった。
白鬼は人の生き血を啜るのを己で禁じていた。
気の狂いそうな衝動を理性と愛だけで制した。
そう、何年も。
だから、純粋。愛の為に全てを捨てられる事を人では無く鬼が証明した。
たった一日でさえ食欲の衝動に我慢が効かないのが吸血鬼。
そう誰もが思っていた、その時代に。
人が化した吸血鬼は無意識下の罪悪感に苛まされる。
神の代わりである十字架に、悪魔を滅す木の杭に、神である太陽に。
獣人に毒を齎す銀に。滅びる。
だが白鬼は死なない。それは、純血を意味した。
鬼と、鬼の。つまり、鬼として純粋。
それだけが有名だった。
愛の為に生きる純血の吸血鬼。白鬼。
そう謂われていた。それだけでは無かった。
「珍しい組み合わせだ」
グルリと空を廻り、立ち上がる弥生。
帝国陸軍、総大将。
世界は未だ月が支配している。
不殺を誓っていた鬼と、親を殺した武人と、軍に属する人虎。
「じゃ、やろうか」
村枝。
何時の間にか握られた一本の槍の投擲に、気付く者は無い。
そして抉れるのは、二箇所。
二本の槍が、鬼を貫いた。
腹を貫き、背から胸を貫いた。
無投。そう呼ばれる技。
吸血鬼といえども、痛みは有る。
腹を突かれれば激痛が走り、胸を突かれれば頭の天辺まで痺れる。
両方が一遍に掛かって来れば、動きが止まるのも致し方無い。
追撃は、猛る人虎。
鐘を突く丸太の動き。頭を貫く。
吹き飛んだのは、弥生。
直線に顔を狙う拳を払いのけ、腹を蹴飛ばした。
弥生が壁にぶつかった音と共に、貫通音が響く。
それが貫通音だと知れたのは、先ほどと同じ音だった。
無投が続いた。
吸血鬼から生まれる槍は、四本、六本と成り八本まで増えた。
何処から、そんな本数が生まれるのか。
不思議に思うよりも早く、戦闘のテンポは烈火の如く速度を増した。
二本ずつ槍を抜きながら村枝に迫る宇童を迎撃する弥生。
それをスルリと潜り抜け弥生に背から一撃食らわすと同時に無投げが宇童を貫く。
血飛沫を上げながら、今度は村枝を撲り付ける。
不死を持たない人間。
夜の眷属が放つ一撃は、それだけで致命傷に成り得る一撃必殺。
幾ら武神を超越した者とはいえ、聊か危険が伴う。
そして、受け止めた。
歪んだ曲線から放つ一撃。
蹴り。力を正確に伝えない軌道は、しかし回避出来た者はいない。
受け止めた者は、今まで獣人だけであった。
それに、異例の人間が加わる。
その人間は右手を犠牲にし、左手で反撃してきた。
必死だと思っていた所への思わぬ反撃は、避ける事も出来なかった。
それも、拳で撲られると宇童は思っていた。
又、何時の間にか握られていた槍で頭を突かれた。
弥生は間合いを一瞬で詰め、人と鬼の距離を取らせる。
腹への強烈な拳の一撃は、空を舞わせた。
そこで、無投げ。
今度は、一度に、何度も。
何秒も経たずに生まれたのは、十対。
二十本。まるで仙人掌かと思うばかりに。
「これで終わり」
床に落ち、動かなくなった鬼を見て、一言。
折れた右腕を気にしながら、ゆっくりと近づく。
隣の人虎も、荒れた息を整えながら。
「だと思うかい」
それは伝説にも記されている。
しかも、一度目の当たりにしていた。
吸血鬼は、己が身を霧に紛らわす事が出来ると。
二十一本の槍がガラガラとぶつかり合う。
後から首を取り、ゴキリと。崩れたのは村枝。
弥生が一瞬遅れて振った拳は、当たらない。
全く何の傷も負っていない宇童は、笑う。
右手に持つのは、生首。
ダラダラと垂れる血は、切断面から。
弥生。
振った拳が当たらないのは、振り終えなかったからだ。
首無しの胴体は温泉の様に血を吹く。
「慈雨…花だ」
献花。
聖帝教には、死者を弔う事に特別な意味が有るとする。
生者への慰めでは無い。
死者への見送りでも。
完全な一方的な言である事は、逆に完全な循環を意味する。
循環とは、手を取り合う事。
愛を誓う儀式。